IE9ピン留め

道場  

2012年 12月 20日

(毎週土曜日)
岸和田市総合体育館 
岸和田市西之内町45-1
電話072-441-9200

(毎週水曜日)
泉大津市総合体育館
泉大津市宮町2番50号
電話0725-33-1200

稽古日は祝祭日、休館日等により変更になる場合があります。
見学希望の方はメールにてご連絡下さい。

合気道翔武会   syoubukai@gmail.com

# by syoubu5 | 2012-12-20 10:28

平成24年2月  稽古日のお知らせ  

2011年 12月 02日
岸和田  4 日 18 日 25 日 

泉大津  1 日 8 日 15 日 22 日 29 日

  2月15日(水)は、武育会と協同で、地元のJC団体に合気道紹介をします。   

# by syoubu5 | 2011-12-02 13:05

平成24年1月  稽古日のお知らせ  

2011年 12月 01日
岸和田  7 日 11日(水) 14 日 21 日 28 日

泉大津  18 日 25 日  

 

# by syoubu5 | 2011-12-01 12:57

中倉先生。  

2011年 11月 12日
2006年に掲載した、中倉先生の記事を再掲してほしいとの希望がありました。

皆さんは中倉清先生のお名前を知っていますか。
先生は「昭和の武蔵」と呼ばれた剣道家で、「戦うに敵なしと」と恐れられ、八十八才で竹刀をおくまで負けを知らなかった武道の名人でした。

中倉先生に初めてお会いしたのは、十年ほど前に大阪で開かれた、剣道高段者の指導者講習会を見学に行ったときでした。
その時の先生は、すでに八十歳を超えられてご高齢でした。皆より少し遅れて道場に入ってこられたときには、腰が曲がり歩き方もたよりなく、これがあの有名な中倉先生かと疑うくらいでした。
しかし、椅子に座ったままで、お供の人に防具を着けさせると、今まで折れ曲がっていた腰はしゃんと伸びて、ゆっくりと道場の中央へすり足で出て行かれると、場内に不思議な緊張感が漂いました。

それから一時間半の間、次々と続く高段者達を相手に、少しも休むことなくお稽古を続けておられました。高段者の中には剣道界で活躍中の高名な先生も多数おられましたが、素人の私が見ても中倉先生との実力の差は歴然としておりました。

その時にこんなことがありました。奈良県から来ている名の通った高段者が、どうしても中倉先生に勝てないので、ひきような手で先生に打ち込んでいったのです。中倉先生は竹刀を下げてその先生に、「あなたは剣道の指導者ですね。そのような剣道は指導者の剣道ではありません。勝ちにも勝ち方があり負けるにも負け方があります。それではこれからあと三本勝負をしましょう。」といって間合いをとって離れました。

奈良県の先生は、沢山の人が集まる中で注意を受けたことで立腹した様子で、軽く会釈をするやいなや中倉先生にものすごい勢いで打ち込んでいきました。先生は体を左に開きつつ左足から大きく踏み込んで片手面で一本を決め、次に右から歩み足で間合いを詰めて小手を取り、打ち込んでくる剣を右に捌いて抜銅を決めました。大きな竹刀の音が場内に響き渡り、この間わずか瞬時のできごとでした。

奈良県の先生は、頭をうなだれて腰を折り深々と礼をして、ゆっくりと後ろ向きに下がりました。
面をはずしたとき、ひげをたくわえた顔面は苦痛にゆがみ、まるで蝋人形のように蒼白でした。
これを取り囲むように見ていた高段者の一人は、あの先生がああなるのだから、我々ではとてもとても無理ですねと話しておりました。

あの時はまるで映画の一場面を見ているような錯覚に陥ったのを覚えています。


稽古の後でご挨拶に伺うと、中倉先生はお弟子さんたちに囲まれて、椅子に座ったままお話をされていました。こちらがそばへ近づくと、ご自分から立ち上がり「初めまして中倉でございます。」と向こうから先に丁寧にご挨拶をいただいたので大変恐縮してしまいました。
先生は、私も昔は合気道をしておりましてと、昔の合気道や盛平先生の思い出話を懐かしそうにお話してくださいました。

あとで記念写真をお願いしたとき、立ったままで一緒に横に並ばれるので、足のご不自由な先生に椅子に座って頂くようにお願いしました。
しかし、たびたび椅子をおすすめしても、このままで結構ですと笑いながら辞退され、立ったままで記念写真に応じてくださいました。先生は剣道界では第一人者で比類する者が無いほどの大名人ですが、私が剣道とは関係のない人間なので、礼を尽くされて起立の応対をされたのでしょうと別の高段者からあとで伺いました。

# by syoubu5 | 2011-11-12 13:30

23年度秋期演武大会231106  

2011年 11月 06日
岸和田市合気道連盟の秋期演武大会をおこないました。

秋の大会は例年通り、午前中は演武で午後は合同稽古です。
子供の演武はじつにかわいい。合気道は理屈を言わずに体で覚えろということですね。
大人顔負けの上手な演武をする子がいます。大人も頑張らなくちゃーと思います。
演武に出た選手のほとんどが、去年よりも腕を上げていて、安心して見せていただきました。

午後からは、江川師範と、お招きした西大和会の冨永師範と、私とで合同稽古の指導をやりました。

江川師範は、いつもは優しく温厚な先生だけど、指導の技はきびしくてスピードがあります。なるほど、なるほどと思います。健康法、精神修養の合気道もいいけど合気道は武道です。武育会魂のこもったご指導ありがとうございました。

冨永師範は、こんなこと書いて失礼ですけど、ここ数年で大きく変わられました。師範になっても冷めない探究心は合気道をするものの模範です。
あの、道場のなごやかな雰囲気づくりを見習いたいです。今後ともよろしくお願いします。

合同稽古の途中で、私にも指導の時間をいただきました。内容は呼吸と入り身と隅落としについてです。翔武会のメンバーは、いつもの稽古と同じ内容で、さぞかし退屈したことでしょう。

大会に参加していただいた皆様に心よりお礼を申し上げます。

# by syoubu5 | 2011-11-06 11:20

武育会講習会。H23/10/23  

2011年 10月 24日
濱崎師範にお誘いをいただき、この日曜日に開かれた大阪武育会の講習会に特別参加を許されました。

講習会は前半を堺の前田師範が指導をされました。基本技を中心に、非常に分りやすい説明指導をされていました。角度を変えて実技を示していただくので、同じ位置から見やすく、大変勉強になりました。
技の動きに切れがあり、姿勢の良い合気道でした。

後半は濱崎師範のご指導でした。
師範は構えにも入り身にも独特の理論をお持ちで、その分、学ぶ方には少し難しいところがあります。
しかし、少ない動きで相手の中心を最速最短で崩す技は、長く合気道を続けるためには必要です。

最後に剣の基本を指導いただきましたが、合気道は剣の理合いと聞きますが、理合いだけでなく、合気道は剣そのものだということがよく理解できました。

他会派の我々にも、勉強の機会をいただきました武育会一同様に感謝申し上げます。




# by syoubu5 | 2011-10-24 15:36

中心と重心。  

2011年 10月 11日
ときどき、

中心、重心という言葉で、合気道技の説明をすることがあります。

中心は動きの起点となるところ、重心は重さの集まるところ。

どちらも存在はすれども姿が見えないところがやっかいです。

説明を聞いた会員さんたちの、情けなさそうな顔を見ると、

指導力の乏しい自分が余計に情けなくなります。

# by syoubu5 | 2011-10-11 18:48

「早さ」と「速さ」。  

2011年 09月 20日
私は20年前までは、今とは別の合気道組織にいた。そこでは相手を移動力で制すると学んだ。移動力という言葉から連想するのは、「はやさ」と「瞬発力」である。「はやさ」と「瞬発力」の稽古は、体力の衰えとともに、やがて少しずつ限界を感じるようになった。

当時は、稽古に限界を感じると、あとは指導者になるか合気道を止めるしかないのかなと考えていた。しかしその後、合気道の「はやさ」にも、「早さ」と「速さ」があることを知った。つまり、相対的な「早さ」と絶対的な「速さ」である。「速くはないが早い動き」、のことである。20年たって、移動力という言葉にも深い意味があることを知った。

いまは、寝たきりにでもならない限り、合気道は一生涯続けていける武道だと信じている。たぶん、他武道の術理にも同じように深い意味があるのだろうと思う。いまは、好き嫌いは別にして、どの合気道にも違和感を覚えることはない。

そして20年前に、師範からお聞きした「継続は力なり」という言葉をいつも胸に、いまは合気道ができる幸せをかみしめている。

# by syoubu5 | 2011-09-20 10:44

嬉しいことがありました。  

2011年 08月 11日
昨日は大変嬉しいことがありました。

久しぶりに、あ○○ちゃんが水曜日の稽古にきてくれました。
あ○○ちゃんと呼ぶけど、もう大学四回生の立派な大人です。
中学に入りたてから稽古にきているので、他の人も、あ○○ちゃんと呼びます。

学生は試験が近づくと稽古を休むのに、あ○○ちゃんは休みませんでした。
稽古をした方が試験勉強に集中できるからと言います。

技を一回教えたら、大人ができなくても器用にできる子供でした。

名門高校に進学して、野球部のマネージャになって、忙しくなっても合気道は続けました。
京都の大学に入り、通学に何時間もかかるのに、寮にも入らず自宅から通いました。

今年の春先に、しばらく就職活動に入るので稽古に来れなくまりますと報告を受けました。
あ○○ちゃんは、就活うまくいってるのかなと、ときどき家内と話しておりました。

それが、昨日、「公務員試験に合格しました」と報告を受けたのです。

自分の子供が合格したように嬉しかった。

神経が高ぶり、体育館に携帯を忘れたり、車のキーがなかったりで大騒ぎ。

駐車場で待ってる家内に叱られました。
でも、よかった、よかった。

稽古後に、合格を記念して写真を撮りました。

# by syoubu5 | 2011-08-11 11:30

23年度前期審査会。  

2011年 07月 01日

審査会が終わりました。

終了後は20名ほどで懇親会。

どうも、飲み放題、食べ放題というのは・・・・。

楽しかった。 みんな、ありがとう。

# by syoubu5 | 2011-07-01 10:31

第2回遠藤師範奈良講習会。  

2011年 04月 18日
西大和会の冨永師範がお招きした、遠藤征四郎師範の
奈良講習会に参加しました。

基本的な内容なのに、普通に体をつかうこと、
それが案外難しいんです。

一度や二度の参加で、師範の技を理解できるわけがないと、
自分に言い聞かせて、稽古後は駅前で反省の食事会。

参加者の全員から、今回の講習会は大変勉強になったと聞き、ちょっと嬉しくなりました。

食事の後は、大仏様へ合気道の精進を祈願?して、お土産を手に大阪へ帰りました。

充実した有意義な一日でした。

# by syoubu5 | 2011-04-18 11:24

第54回 岸和田市市民祭  

2011年 04月 12日
岸和田市市民祭の体育協会の行事として、大阪武育会の薮内師範をお招きして研鑽会をおこないました。







薮内師範とは、以前より何回かはお会いしておりますが、ご指導を受けるのは初めてです。
迫力のある厳しい技は、掛ける前に相手が完全に崩されているため、どの技も説得力があります。

技は評判どおりでしたが、参加者のひとりひとりに、優しく丁寧に指導されるのは少し予想外でした。参加者のレベルに合わせた分かりやすい指導は、海外での評判が良いとお聞きするのも納得がいきます。
小林裕和師範を何十年振りかで思い出しました。

ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

# by syoubu5 | 2011-04-12 17:04

本田師範のお別れ会。  

2011年 03月 30日
日曜日に本田師範のお別れの会に出席しました。

本田先生とは岸和田に合気道連盟を創立する時からのお付き合いでした。
それぞれの属する会派が違いますから、お会いできるのは春と秋の演武会前後と、そのほかは、年に数回ぐらいの機会しかありませんでした。

けれども、お会いした時には必ずと言ってよいほど、いつも先生から声を掛けていただいた言葉を思い出します。

それは、”稽古はしてますか”、と、”奥さんの体調はいかがですか”という言葉でした。
先生は私の家内が、もともと病弱なことをご存じだったので、お会いするときはいつも、まるで口癖のように声を掛けていただいていたのです。

それと、本田先生には、沢山のすばらしい合気道の師範をご紹介していただきました。
紹介していただいた師範方と接する中で、”自分はなぜ合気道をしているのか”という大きな自分の課題について、多くのヒントをいただきました。

先生は残念ながらお亡くなりになりましたが、泉州合気道協会には、優秀な指導者と多くの会員が育ってきております。泉州に合気道を広めたいという先生の遺志を引き継いだ泉州合気道協会の活動に、我々の会も微力ながらお手伝いしたいと考えております。

会員さんが遺影の前に供えた、先生の好きな生ビールとから揚げを見たとき、合気道を語りながら一緒に飲んだ、あのときの先生の笑顔を思い出しました。

本田先生、ありがとうございました。

# by syoubu5 | 2011-03-30 14:34

本田土洲師範。  

2011年 01月 17日
岸和田市合気道連盟の前会長、本田土洲師範(泉州合気道協会会長)が、14日にご逝去されたとの報告をいただきました。

本田師範はポルトガルをはじめ多くの国において、長きにわたり合気道の指導をされ、また、当地、泉州地区においても、大きな組織と幾多の人材を育てました。

師範には岸和田の連盟設立時より、親しくおつき合いをしていただき、また、幅広い人脈により幾人ものすばらしい合気道師範のご紹介をいただきました。

昨年の海外指導の時に、一緒に行きませんかとのお誘いを受けたのに、お受けできなかったことが悔やまれます。

ここ数日は、身近な目標を失ったことによる虚脱感を感じています。

ご冥福をお祈りいたします。

# by syoubu5 | 2011-01-17 11:11

平成22年度  第2回昇級昇段審査会  

2011年 01月 04日
昇級昇段をされた皆様、おめでとうございます。

有段者が二名増え、四段も新たに一名誕生しました。

今後とも、ますます充実した稽古ができるようにご協力をお願いします。





大切なことは、自分が昇段後にどのように変化できるかです。

審査を受けた者も、審査をした者も、これから試されます。



# by syoubu5 | 2011-01-04 14:04

平成22年度秋期合気道演武大会  

2010年 11月 07日
11月7日(日)に岸和田市体育協会の秋期合気道演武大会を開催しました。

                    (集合写真は西大和会から転載させて頂きました。)



体育協会室田会長はじめ役員の方々、泉州合気道協会の江川師範と冨永英一師範、大阪武育会の上村師範、西大和会の冨永峰男師範にご参加頂きました。

午前中は少年部と一般の演武。午後からは、お招きした師範方に合同稽古のご指導をお願いしました。


演武の内容が年々充実しているのは、稽古の積み重ねが活きているのでしょうね。お招きした師範方のご指導を受けて、合気道は実に幅広く奥行きの深い武道だなと思いました。



大会の準備をして頂いた役員の皆様、演武会、合同稽古に参加して頂いた皆様、ありがとうございました。

合気道連盟前会長、本田師範のお力添えを得て、このような充実した大会になりました。連盟会員一同深く感謝いたします。

# by syoubu5 | 2010-11-07 23:08

六名の二段が誕生しました。  

2010年 08月 11日
入会より5年から12年。

30才代から40才代。

それぞれの合気道。

翔武会の団塊の世代。

期待しています。


        代 表

# by syoubu5 | 2010-08-11 16:02

木村二郎師範の研鑽会  

2010年 04月 12日
平成22年度、岸和田市合気道連盟春季大会がおわりました。

今回は、岸和田市合気道連盟前会長の本田師範のお世話により、大阪武育会の木村二郎師範をお迎えして研鑽会を開きました。

研鑽会は、大阪武育会の濱崎師範、西大和会の富永師範や他の師範方、スイスからのお客様、各大学の合気道部員方が多数参加して下さり、非常に充実した会となりました。

ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

# by syoubu5 | 2010-04-12 09:36

平成21年度 岸和田市合気道連盟秋期合気道演武会  

2009年 11月 02日
秋期合気道演武会を開催しました。泉州合気道協会、本田師範のご縁で和歌山の川崎師範、西大和会の富永師範にお越し頂きました。

午後からの合同稽古では、川崎師範にご指導頂きました。基本の稽古が大切なこと、意識の持ち方で技の質が変わることを解りやすくご指導頂きました。次回のご指導を楽しみにしております。参加された皆様ありがとうございました。

# by syoubu5 | 2009-11-02 15:59

備前焼。  

2008年 04月 07日
この土曜日は濱崎師範に一年ぶりにご来訪いただきました。

いつものシンプルでダイナミックな技を、初心者にも分りやすく親切にご指導いただきありがとうございました。昨年、大病で大手術をしたとお聞きしましたが、そのようには思えないような動きでした。会員達はいつもの私とは違う先生の指導に、すこし戸惑いながらも真剣に学んでおりました。そこが大事だと思います。間近で指導を拝見させていただくことは、身近に指導を受ける師のない自分には一番の勉強になります。

それに、個人的なお祝い事を覚えておいてくださり、貴重な備前焼の器を頂戴しました。師範の奥様が選んでくださったと伺いましたが大切に使わせていただきます。
また、師範のお供のHさんと、Tさんには、なかなか手に入らないお酒をいただきありがとうございました。おいしかったです。時間がありましたら師範のお許しを得て、いつでもお稽古にお越しくださいね。

# by syoubu5 | 2008-04-07 09:46

濱崎師範をお招きして  

2007年 04月 16日
濱崎師範が久しぶりに、岸和田道場へお見えくださった。
私が合気道に入門した昭和48年頃には、師範はすでに四段か五段の高段者であられたので、当時は恐れ多くて近寄りがたい存在だった。

その後、10年ほど私が他武道に転向していたこともあり、お付き合いをお願いする機会は無かった。それが、数年前に開かれた、ある師範の研鑽会において再びお目に掛かる機会に恵まれた。それ以来、親しくお付き合いをして頂いている、私の尊敬する師範のお一人である。

師範の合気道理論は、体の使い方や相手との角度の取り方など、我々の学ぶ飯村合気道との共通点もあり、いつも会員たちには大変にわかりやすいと好評である。それと、師範の合気道に対する造詣の深さと、その研究心の大きさにには、私自身も毎回、新しいエネルギーを頂いている気がする。
また、翔武会会員たちの稽古に対する素直さと、稽古場の雰囲気の良さへの師範のお褒めのお言葉は、もっとも私がうれしく感じるところでもある。

このように師範をお招きしたり、また、合気道連盟に加入することで、他会派との交流を図るのは、翔武会の会員たちに、よりよき学びの機会を多く得てもらいたいと考えているからである。

とは申すものの、正直なところは、自分の指導者としての未熟さを、常日頃実感しているがゆえにというのが本音でもあるのだが。

私自身も自分の実力はともかく、学びに対する素直さだけは、いつまでも持ち続けたいと思っている。

# by SYOUBU5 | 2007-04-16 16:59

私と合気道 S・K(三段)  

2007年 01月 25日
元来、体を動かすことが好きな私も50歳近くになって、体力の限界を感じるようになり、体は使うが年を取っても出来ることはないかと探しておりました折、岸和田市の広報に合気道の入門募集が掲載されておりました。1ヶ月余のお試し期間を経て、年を取っても出来ると感じ入門いたしました。

入門時から、生涯かけて続けられる事と考えて選んだ事でありますので、力で相手に技をかけるのではなく、相手との位置関係等他の「何か」を使うことにより、技をかけるということを念頭に練習をするように心がけておりました。日々の練習時、先生から、「何か」は合気であると幾度も伺いましたが、言葉で聞く合気を体現、具現することは非常に難しいことだと感じております。では、合気とはなにか?私に語られるとは思いませんが、あえて、現在の私のレベルで表現すると「自分の意志ひいてはこうしたいという思いが相手に伝わり通じる事」ではないかと感じています。相手とこういう関係が築けたとき、技は相手の力に当たることなく掛けることができます。これは、日々の練習時、先生が我々弟子たちに感じさせてくれます。故に、こういう関係「合気」が存在することが実感できます。

それでは、自分の意志、思いを相手に伝え通じさせるにはどうするのか?相手の体を見るのではなく相手の気持ちを観て感じ、その相手の気持ちに自分の気持ちを伝えるのだと常々先生から教わっております。なんと精神的な事柄なのでしょう。しかし、相手の気持ちを観、自分の気持ちを相手に伝えるには自分の体が、崩れずに立っていなければならないと続けて説明されます。合気という関係を築くには、先ず、自分の体を物理的に立たせなければならないということです。体という実体をある状態に作り上げ、そうなるとそれに付随して精神的作業も出来るようになるのだそうです。体と体を使う練習は道場で相手がいる時しか出来ませんが、自分の体を立たせることや。相手の気持ちを観る練習はいつでもできます。毎日、日常生活の中でこれを意識し考えています。
まことに難しく苦しく、禅宗でいう公案のような課題ですがこのことを考えることが、今の私には非常な楽しみになっています。折りにつけ、こうではないかああではないかと思いつくまま思索に耽っています。
いずれは、合気という関係を自分で作れるようになりたいとの思いを胸に毎日を過ごしています。これが、今日、私の生活に生きる張りを与えてくれています。
今の私には合気道のない生活は考えられません。毎日、あれこれ思索に導いてくれる合気道に出会えたことに感謝しております。

# by syoubu5 | 2007-01-25 12:04

私と合気道 I・H(三段)   

2007年 01月 25日
幼い頃から武術には興味がありましたが、なかなか始めるきっかけがありませんでした。そうこうしているうちに社会人になり、結婚もして子供にも恵まれました。そのまま歳月が過ぎて31歳になったときに、会社の同僚のMさんが合気道をしていると聞き、さっそくどのような武術なのかを聞きに行きました。

ちょうど、そのころの私は仕事のことで悩んでいました。今から思うと、氣が停滞していたんだと思います。それから初めて合気道の稽古を見学したのは泉大津総合体育館でした。そのときはちょうど、故K先生が指導をされていました。合気道の稽古を初めて拝見させて頂いたときの第一印象は、今まで私が考えていた武道の概念とはちがう動きだなと感じました。その後入門しましたが、道場の稽古だけでは基本動作(四本の形)が覚えられないので、会社の昼休みに先輩のMさんに教えて頂きました。その頃は、順番を覚えるだけで精一杯で、技の理合いなどは全く解りませんでした。入門してからの数ヶ月間は、もっぱら水曜日の泉大津の稽古に出ていました。その後昇級審査を受けるようになって、故K先生から、稽古は週に一回よりも二回の方がよいと助言を頂き、土曜日にも岸和田道場へ通うようになりました。岸和田道場はT先生が指導されており、基本的な技に加えて合気道の自由な動きを教えて頂きました。少しずつ技を覚えていくにしたがって、合気道は総合武術で試合がなく、人と争うのではなく、和の武道であることを学び、自分に合った武道で良かったと思いました。しかし今、当時の審査の写真を見ますと、姿勢は崩れ指先にも氣が通っていないことが分かり恥ずかしく思います。

5級、4級、3級と昇級していくと技も難しくなって、道場に通う途中で今日は休みたいなと思ったこともありました。ところが、ある日の道場からの帰り道で、仕事のことで悩んでいたのに、稽古の後はいつもより氣が楽になっていることが自覚できました。
それからは道場に通うのが楽しみになり、水曜日、土曜日は仕事も早く終われるように頑張りました。その後は、自分自身の体を通じて武道というもの、その中の氣というものにも興味を抱くようになりました。合気道に関する書物に触れることで、戦前から戦後に至る歴史など、武道にとって不幸な時代があったことも知りました。合気道開祖、植芝盛平翁先生、その道統を守る本部師範の飯村郁男師範、その他合気道に連なる多くの先人の大変な努力によって現在の合気道があることも知りました。最後に三段受審にあたり、今までに出会った全ての縁、家族、周囲の方々と書物に感謝いたします。これから先は、もっと合気道に精進し合気道を自分の人生、日々の生活に活かして、少しでも周りの人々のお役に立つ人間になります。

# by syoubu5 | 2007-01-25 12:02

ひびき武道場研鑽会。  

2006年 10月 03日
豊中市にある「ひびき武道館」において開かれた、合気道の特別研鑽会の見学に行ってきました。午前中は道主によるご指導、午後は関西で活動されている指導者による演武が披露されました。道主のご指導は、400畳の道場に600人以上がひしめきあい、ものすごい熱気であふれかえっていました。道主のご指導を拝見させていただいて感じるのは、他の指導者には真似のできない、気品高い指導をされておられるなということです。

10年以上前に新宿にある本部道場に伺った時、当時の道主は道場長をされておられました。私が大阪から上京したことを申しあげると、道場長が自ら稽古相手をさがしてくださいました。道主の二教の受けを取らせて頂いたとき、お知らせはしていないのに、痛めている方の肩は極めずにやわらかく固めて押さえていただきました。その時は、ああ、これが合気道なんだ、これだけで東京まで来た甲斐があったと思いました。

道主の稽古の後は、関西で別々の団体で指導をされている先生方の演武を拝見しました。先生方の考え方やこだわり方により、同じ合気道でも演武がだいぶんと違うところは面白いですね。しかし、日常的に稽古を積まれている先生方の動きはやっぱりちがいます。武育会の木村先生、豊中の嶋本先生、和歌山の川崎先生の演武は、それぞれ個性的で大変勉強になりました。今後の指導や稽古のヒントとして活かして生きたいと思います。

# by syoubu5 | 2006-10-03 14:58

川崎さんと合気道・最終回  

2006年 03月 10日
川崎さんは亡くなる二年ほど前から、時々体調不良を訴えるようになりました。精密検査を受けましたが、どこにも異常は見つかりませんでした。その後、最後にした検査から大腸ガンが見つかりました。放射線治療と抗がん剤の投与を続けていましたが効果がなく、医師の薦めでガンの摘出手術をしました。しかし手術後に再発したことを考えると、そのときはもうすでに手遅れになっていたのでしょう。退院後は抗がん剤と放射線治療を続けながら、何度かの入退院を繰り返して、最後に入院したのは去年の夏頃でした。彼から届いた中元のお礼を携帯電話にしたときに、市民病院へ入院していることを教えてくれました。武道をする者は、自分が病に伏せっているところは見られたくないものです。しばらくは彼の心情を考えて見舞いを遠慮していました。ところが、見舞った会員から、かなり弱っていて元気がありませんでしたと聞き、あわてて病院へかけつけました。

病室には面会謝絶の張り紙がしてあり、もうかなり容態が悪いことがうかがえました。看護師長へ面会の可否を尋ねると、患者さんに聞いてきますと言って病室へ入っていきました。しばらくしてから、田中さんならお通ししてくださいと本人が言っていますのでと病室へ案内されました。病室は個室になっており、彼は小さくなってベットに横になっていました。抗がん剤の副作用なのだろうか、無精ひげの顔は腫れあがっていて、聞いていたとおり容態はかなり悪そうでした。腕にはガンの痛みのきついときにする、自分の手で押し出すポンプ式のモルヒネ注射が巻いてありました。口には酸素マスクをしていましたが、意識はまだはっきりとしているようでした。彼は私の姿が目に入ると、寝たままでいいと言うのに、どうしても起こしてほしいと言います。手を貸してベットに起こすと、筋肉の落ちた体は棒のように細くなっていました。彼は弱々しいけどもはっきりとした口調で、合気道の稽古がしたいこと、それと会の副代表としての世話ができないことを、申し訳なく思っていると話しました。また、このような状態で、副代表でいてもよいのかと思うと辛いとも話しました。私は負けました。生死の間にいるのに、まだ合気道や翔武会のことを考えている。自分が川崎さんの状態であったらどうだろう。以前から合気道以外のことは、何事も彼の方が優れていました。ただひとつだけ、彼よりも上だと自負していた合気道も負けてしまったのです。しばらくの間、合気道の思い出話や、中央公園でした杖道の朝稽古の話や、翔武会の創立から現在に至るまでのよもやま話をしました。

話に夢中になって、ふと時計を見ると知らない間に一時間ぐらいが過ぎており、席を外していた奥さんが部屋に戻ってきたので失礼することにしました。別れ際に私は川崎さんに言いました。合気道は元気になればいつでもできるし、現に川崎さんはベットの上でも合気道をしているよと。会のことは心配しないで早く良くなって欲しいと言いました。病室を出るときに奥さんが、田中さんが来てくれて主人はとても元気になりましたといってくれました。それから一週間ぐらいして川崎さんは亡くなりました。ガンの痛みに苦しむ川崎さんに「お父さん、もう我慢せんでもええんやで」と奥さんが声をかけると、しばらくして静かに息を引き取ったと聞きました。
川崎さん、いつか私がそちらへ行ったときにまた合気道をしましょう、広い道場を探しておいてください。   

川崎さんは日野先生のファンで、この写真が一番お気に入りでした。

# by syoubu5 | 2006-03-10 18:17

体験稽古。  

2006年 03月 07日
最近は合気道に興味をもたれる他武道の方が増えてきています。今週と先週の水曜日に、翔武会の稽古に空手の修行者が体験参加されました。稽古中の怪我のことを考えて、私がお相手をしましたが、空手修行者の方には、合気道の理合いがいまひとつ理解しがたいようでした。
20回ほど投げても、まだまだと言いながら掛かってきます。どうも何度も簡単に投げられる自分が信じられないようです。これで最後ですよ、今度かけられたら認めてくれますかと聞きました。認めてはいますが、なぜこうなるかが不思議なので何回もお願いしていますと答えます。なぜこうなるかが分からないから掛かるんですと説明したら、余計に分からなくなったようでした。

空手の大会で何度も入賞したと聞いたので、今度は空手で構えてもらいました。私が間合いに入ったら、突いても蹴ってもいいですよと説明して、まっすぐに相手のそばに近づきました。相手は突きも蹴りも使えなくなり棒立ちになりました。これにも納得がいかないようで、5~6回やっても同じで、もう一度もう一度お願いしますと言ってやめません。あなたは何回死んだら分かるのですかと言ったら、やっと認めてくれたようでした。稽古のあとで、自分に少しも触れないのに、突き蹴りが使えなくなるのは、これは気ですかと質問されました。残念ながら私には気を使うようなことはできません。これは単なる崩しの技術だと考えているので、稽古をすれば誰でもできると思いますよと説明しました。

あとで、自分の道場を持っ空手指導者だと聞いて、他武道の指導者に対して、なんと失礼なことをしたと大変に後悔しました。たぶん、実力を出さずに、こちらに合わせてくれたのだと思います。帰り際に、またお邪魔してもいいですかと聞かれたので少し救われた気がしました。

# by syoubu5 | 2006-03-07 14:34

全盲で合気道。  

2006年 03月 07日
親しくお付き合いをしていただいている師範の、日曜稽古の見学におじゃましました。女性も多く、60歳以上の方も沢山お稽古をされており、楽しそうで明るい雰囲気の稽古でした。なかでもおどろいたのは、全盲の人が健常者にまじり稽古をされていたことです。去年は車椅子で武道をしている人が話題になりましたが、目が全然見えなくても合気道ができることにおどろきです。指導されている師範の心の広さと指導力に脱帽です。稽古後に師範と会員のみなさんの飲み会にお招きを受け、串活料理をごちそうになりました。全盲の人は、去年に地下鉄のホームから線路の下へ転落したことがあり、そのときは前方回転受身は危険なので取らなかったけど、全然怪我はありませんでしたと話しておりました。私なら目は見えていても、線路の上での受身はとてもとても取れません。でも、けががなくてよかったと思いました。

# by syoubu5 | 2006-03-07 09:25

上達の実感。  

2006年 03月 06日
「合気道探求」の道主対談で、合気会の理事で拓殖大学の副学長をしておられる草原克豪(くさはらかつひで)先生が以下のように書かれております。

私がアメリカで指導していたときの話です。とても熱心な会員がいたのですが、彼があるとき、「どんなに稽古を続けても最近は上達しているという実感が持てない」と言うのです。どう答えればいいものかと考えました。合気道がうまくなるということは、階段を上るようなものです。のぼっているときは動いているときですから、自分がどうなっているかを見ることができません。一段のぼって平らなところに立った時に、振り返ってみてはじめて、一段のぼったことが確認できる。そこで自分はうまくなったのだ、と実感できる。しかし、わかったその瞬間というのは、自分はのぼっていない状態です。立ち止まっている状態なのです。ですから、「上達しているかどうかがわからないというのは、君がいままさに成長している瞬間だからかもしれない。逆に言えば、うまくなったと思ったときは危険なんだよ」と言ってあげると納得してくれました。無我夢中でやっている時が一番大事なんですよ。うまくなったな、と思っている時は進歩が止まっている時ではないかと思います。しかし同時に、時には止まっているように見える時間も実は大事なのです。

# by syoubu5 | 2006-03-06 11:55

道主。  

2006年 03月 03日
東京の佐藤さんから送っていただいた、合気道の雑誌「合気道探求」31号に植芝守央道主が、その巻頭に以下のように書かれておられます。

豊道春海氏の書展にふと立ち寄る機会がありました。その展示場に入るや彼の筆の勢いが部屋中に感じられ、一つ一つの作品が凛として存在しておりました。その中で    

    こころせん   人にあたえて 忘るとも

        うけし恩義は    とわに わすれじ


が心に残っております。
「人にあたえて、忘るとも」これは無償の心、見返りのない心であり、合気道の愛であり、和合の精神と通じます。「うけし恩義は とわに わすれじ」は人への感謝と尊敬の心は何よりも忘れてはならないことを示されているように思います。合気道の日々の稽古の中に和合の精神とともに、互いの相手に対し、また道場に対しすべてに感謝の気持ちを持たなければならないことを教わったように思います。

# by syoubu5 | 2006-03-03 09:30

勝ってから掛ける。  

2005年 09月 20日
自分は「意識の当身」とか「勝ってから掛ける」という言葉を稽古のときに使うことがあります。
これは、相手が自分の間合いに入る直前に、相手の意識に当身を入れて「つくり」と「崩し」を瞬時に完成させることをいいます。意識の当身とは体の急所に直接に当てるのではなく、相手の意識、つまり心の中心へ自分の意識で当身を入れます。そのとき相手の体に接触したかどうかは関係なく、相手は一瞬の間、ほとんど無抵抗状態になります。

武道雑誌の秘伝に掲載された、西尾昭二師範の記事がよく似ていたので下記に転載します。

合気道では投げを打つ前に「つくり」と「崩し」を行います。この「つくり」を、当身の呼吸で行うのです。例えば手を捕られる場合、ただ捕られるのを待っていては話にならない。自分から手を出して捕られてやる。本来ならここで当身が入っているはずなのです。でも、合気道だから当身で倒すことはしない。相手が動く一瞬前に、一瞬前に、いっでも当身を入れることはできるけれど、それをしないで投げへの「つくり」につなげていく。だから合気道はいつでもはじめる前に勝っていることになるのです。


2~3年前に武道館にておこなわれた全日本合気道演武大会で、飯村師範と西尾師範が親しげに話されているのをお見かけしましたが、もう、お二人とも亡くなられて、いらっしゃらないと思うとさびしいものです。

# by syoubu5 | 2005-09-20 12:02